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車いすユーザーの目線で「京のまち」週1回愚痴ります。 お付き合いくださいね。

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11月12日の17時30分~18時、カーナビ搭載に関わらず道に迷い
ながら、空腹なマメは京都YWCAで行われたYMCA・YWCA合同
祈祷集会に初参加した。
参加者は、約40人。
まず、ボランティアが作ってくれた総数ジャガイモ10kgを使った
手作りコロッケ・ポタージュスープ等軽食を食べた後

1.社会福祉法人イエス団愛隣館ディサービスセンター空の鳥・平田
施設とNPO法人京都頸髄損傷者連絡会・村田会長の講演
2.グループディスカッション
が行われた。

まず、平田施設長が、愛隣館での常時医療的ケアが必要であるが、
ビール好きな重度障害者Aさん等重度障害者の介助体験を基に

1.養護学校(特別支援学校)卒業後はどうなるのか?
2.障害者の「いのち」


について、ユーモアを交えて語られた。


次に村田会長が、国連でのロビング活動等、DPI女性障害者
ネットワークを中心とした女性障害者が取り組んでいる“障害の
ある女性の複合差別問題"を中心とした障害者差別問題について
語られた。


今回の合同集会は、マメにとって、自家用車で移動が出来、
常時医療的ケアが必要なく、周囲の方々に支えられて平和な毎日
を過ごしていられる自らの境遇の良さを実感した集会となった。



















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月に入り京都文教大学 指月祭2016 が待ち遠しい114
マメは、
京都文教大学 障害交流センター(精神保健福祉
援助実習)で公益社団法人京都精神保健福祉推進家族会
連合会
http://www.kyokaren.server-shared.com/の大塚宣子
氏による「精神保健福祉
推進家族会(親和会)に関わって」
を学生と共に聴講した。大塚氏は宇治市高齢者アカデミー
https://www.kbu.ac.jp/kbu/tomoiki-center/contribution/academy.html
で学ばれ、京都府こころの健康推進員電話相談員
務められてきたという。精神障害
()者とその家族は、
相模原障害者施設殺傷事件等犯人が精神病の疑いがあること
が判明する度に、“マスコミからは、好奇の目”“地域から
は、警戒と差別の目”に晒され社会から孤立している。
よく時代劇で「乱心したか」とか「乱心者」と云う言葉を
聞くが、江戸時代では精神障害者を「乱心者」と言っていた。
「乱心」とは、自分が自分で無くなり、本性が無くなった
状態をいうとのことで、「乱心者」は、納屋や座敷牢に閉じ
込められ、あるいは神社や寺院に収容されていたようです。
また犯罪を犯した乱心者は親類に預けられ、家に閉じ込め
られていたが、他人に危害を加えることがない限り、
乱心者はある程度自由に社会を歩いていたようだ。江戸の
人達は乱心者に寛容だったようだ。

明治の世になると、これが次第に敏感になり始める。
それは犯罪の観点からではなく、外国の目を気にしていた
ようで、警察権力は精神異常者の徘徊を危険と見なしており、
それを阻止しようとした。
「狂病を発する者は、その家族において厳重に監護せしむ」、
明治期は精神異常者は精神病院に収容するのを目標として
いましたが、精神病院の不足により精神異常者を収容する
苦肉の策として私宅監置(私宅内に専用の部屋を設けて、
そこに閉じ込めた、現在は禁止されている)という制度を
設け、家族のいない精神障害者は「療育院」に押し込まれ、
後に「狂室」という特別の部屋に収容されてきたという
現在に至るまで差別と偏見の歴史が在ることを忘れては
ならない。



なお、我が国で、最も古い精神病院は,安永年間
(177281)に越後国鵜ノ森(現,新潟県加茂市鵜ノ森)
に永井慈現が創立した鵜ノ森狂疾院、公立の最古の
精神病院は
1875(明治8)京都南禅寺境内に開院
した
京都癲狂院である。東京における精神病院の
最古のものは
1846(弘化3)奈良林一徳の開設した
狂疾治療院といわれている。

 

今回聴講して、現在グループホーム等での地域生活
を推進し、精神病棟転換型居住系施設に反対して
いる私達障害者とその関係者だが、
50年後の
我が国の精神障害
()者の生活の中心は、“自助”
を名目とした私宅監置政策になるのではないか?
という予感で、マメは
1人身震いがした。

 

 

京都文教大学 指月祭2016

http://www.cyber.kbu.ac.jp/std/shigetsu
/shigetsusai2016.html













 

心地よい日本晴れの中、先日
1030日マメは、精華町南部地域在住者
を対象とした高齢者等
SOSネットワーク模擬訓練(やさしい声かけ訓練)
初参加した。
この模擬訓練は認知症で徘徊する方に地域住民が声かけをして、
認知症の方の生命・トラブル等から守ることを目的としており、精華町
では今回が通算
5回目で、過去には、地元ケーブルテレビ局KCN京都
http://www.kcn-kyoto.jp/main/tv/2013ura/1412/index.htmlでも放映
されている。
 


 先日
1026日の精華町北部地域在住者を対象とした高齢者等SOS
ネットワーク模擬訓練には150人が平日にも関わらず参加したそうだ。

模擬訓練は、第1部「認知症についての勉強会」第2部「声かけ体験」
3部「振り返り」で構成されており、マメも声かけ体験では
「どこに行かれるのですか?」と徘徊者役の方に声掛けをした。
模擬訓練と解っていたため緊張しなかった。

振り返りでは「認知症の方かどうかは、見た目だけでは解らない
ので声がかけにくい。」「声かけのタイミングが解らない。」
「認知症の方が突然怒り出したらどうしたら良いの?」…の意見が
出されていた。


 精華町では、精華町高齢者等
SOSネットワーク事業を行っている
という。


 マメも障害のある立場で継続して模擬訓練に参加し、精華町民の
方達に精神・知的障害者徘徊の問題も訴えていくつもりである。















小雨混じる肌寒い曇天の10月28日、マメは午後12時30分頃

講演時間:30分
テーマ「体験談」
という内容でおこなわれたNPO法人スリーピース白杉眞代表の講演を
学生達と共に聴講した。
講演の概要は、スライドを使いながら学生時代から、現在までの白杉氏
の半生を振り返り、“障害者の自立について共に考える"ということだった。


マメは今まで、白杉氏とは障害者当事者に関する会合で会う程度であった。
今回の聴講で同年代の車いすユーザーという点で共感する点が多数あった。


障害に関係なく、“人"が自立するためには、大相撲の世界で語られ続けて
いる“心技体の充実”が必要だとマメは考えている。
学生達が、“心技体の充実”を充実させるのが先か?マメが、“心技体の充実”
を充実させるのが先か?

授業終了後、350円の大盛ラーメンを学食で食べながら考えた。












秋空のよく晴れた10月27日の13時~15時、マメはNPO法人京都頸髄損傷者
連絡会の一員として京都市との懇談会に参加した。
私達京都頸髄損傷者連絡会は、毎年1回京都市との懇談会を行っており、
マメが参加するのは、3回目になる。

今回の懇談会には京都市障害保健福祉推進室からの出席して頂いた方は9名。
私達京都頸髄損傷者連絡会からは、村田会長以下6名が出席した。
今年は仲間共に中村副会長と共に“障害のある立場からの災害時の避難支援
の在り方"を担当し、悪戦苦闘しながら仲間からのアドバイスを基に修正を
重ね6月から2カ月をかけて資料を作成した。
今回の懇談会テーマは

1.電動車いすに於けるリチウムイオンバッテリー支給について

2.65歳以上高齢障害者の介護保険優先利用について

3.障害ある立場からの多機能トイレ利用・表記について

4.新・京都市リハビリテーション推進センターに関すること。

5.障害のある立場からの災害時の避難支援の在り方


以上5つである。
京都市からの回答は、予想どおり「検討します。」「現在の施策を皆さまの
ご意見を伺いながら推進します。」が多かった。残念!

マメが仲間と共に憤慨したのは、“新・京都市リハビリテーション推進
センターに関すること"の京都市からの回答が「この問題は現在、プロ
ジェクトチーム内で構想を協議しています。」「プロジェクトチームの
構成委員と議事録は、公表していない。」「皆さまのご意見は、構想・
計画がまとまった段階で、パブリックコメントをお願いします。」という
内容で、マメ達には“障害者は黙って、プロジェクトチームに一任しろ。
と言わんばかりの京都市の態度"と“構想もまとまっていない段階で、
京都市身体障害者リハビリテーションセンターを早々に閉鎖したのは
財政事情だけでなく政治的事情ではないのではないか?"と考えて
憤慨している。


今年も虚しく2時間が終わってしまった。















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