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今年もサン・アビリティーズ奈良で11月に開催される。
この大会はブロスが、高齢化戦力低下により、日本車いすツインバスケット
連盟近畿委員会脱退後に奈良県内に於ける車いすツインバスケットボールを
とおした健康増進と障害者への理解促進の為に産み出されたローカル大会で、
約20年続いている。このような大会は兵庫県立障害者スポーツ交流館で
毎年年末開催されている“暴・忘年大会”ぐらいではないのではないか?
シルクロード杯は、3.05メートルの正規のゴールに届かない地元の小学生や
地方独立法人奈良県立病院機構看護専門学校奈良校・奈良教育大学…福祉・
介護・医療に関心のある専門学校生がチーム単位で9時~18時まで、
和気あいあいと参加している。今までの傾向として、絶対的エースが1人
所属しているチームよりも選手間のチームワークが良いチームと向上心が
あるチームが勝ち残っているように見える。
マメも約10年前に3回京都太陽の家FEDERの一員として、福祉タクシーや
レンタカーを利用して参加したことがあるが、参加した大会全てトーナ
メント1回戦負けに終わった。
今後の悩みは
1.円内でプレーする重度障害者の参加が少ないため、重度障害者の試合
参加意欲か少なくなっていること。
2.審判が行える方が少ないこと。
だと、マメは考えている。
悩みは尽きないが、シルクロード杯は、“障害者と健常者が、楽しく
相互理解出来る大会”であることは間違いない。
台風16号の進路ばかりが気になる昨日9月19日、マメはPeace-full Link
&Rootsの仲間と中京青少年活動センター(ウィングス京都3階)で開催
された京都ユースフリーマーケットに参加した。マメ達の出店販売場所は、
若い美女職員の方が多い「NPO法人 若者と家族のライフプランを考える会」
と同じくロビーであった。NPO法人 若者と家族のライフプランを考える会
は、社会生活に不安を持つ若者たちが最小・最適な支援のもと支え合って
生きていける統合的ライフプランニングのシステムを構築し、将来に安心
と希望が持てる社会環境づくりに貢献することを願い設立された法人で
ある。また、ユースフリーマーケットは、京都アートフリーマーケットと
同じスケジュールで開催されていて、毎年春と秋に開催されているそうだ。
約15年前に「福祉の店 わかくさ」(運営:奈良県肢体不自由児者
父母の会連合会)で三輪素麺・吉野葛・・・奈良県の物産品を店頭販売
した経験のあり、自称:接客の帝王マメは、この日を楽しみにしていた。
しかし、、若者と家族のライフプランを考える会のAさん(男性)の
「私達の作品を見てくださ~い。」の一言に、マメの“自惚れ”は打ち
のめされた。Aさんから、“物を売らずに人柄を売れ”のオーラに惹かれ
た客も多いのではないか?と思う。
私達の売り上げ額は、約5,000円という残念な結果で終わってしまった。
2016年09月30日(金)に参加する「伏見区こころの健康を考える集い」
では、Aさんの“心”を見習いたい。
伏見区こころの健康を考える集いhttps://kenkochoju.kyoto/event/?act=detail&id=179
連日リオパラリンピックの各競技結果が民放・NHKテレビ・ラジオ放送
やリオパラリンピック特設サイト開設等にて情報がロンドンパラリン
ピックよりもリアルタイムで入手可能になった。特にNHKは、現地キャスター
に有働由美子アナウンサーを起用したところに障害者スポーツに対する
NHKの本気度を感じさせる。選手達の活躍によって、日本国内で応援
している方達も元気と感動を貰えているのではないか?
2大会ぶり5度目のパラリンピック出場となる障害者競泳界の
レジェント成田真由美選手は46歳でパラリンピック金メダル15個
獲得している。卓球日本代表として出場しベスト4に進出した別所
キミエ選手(68歳)は、日本選手の最高齢記録を更新した。
別所選手は、 骨盤の一部にがんが見つかり、車いす生活になった
のは1991年。リハビリで始めたのが卓球だった。その4年前には
夫を亡くしていた。熱中している間は再発の恐怖や夫を失った
悲しみから解放された。練習に打ち込んだ。
2004年、56歳でパラリンピックに初出場。いまや全国大会で10
連覇し、リオ大会は4度目の出場だ。「2020年の東京パラリン
ピックの開催が決まり、社会の障害者スポーツへのまなざしが
変わったと感じている。」という。最近は同世代から声をかけられる
ことが増え、講演依頼は急増。昨年は12回、壇上に登ったという。
別所キミエ選手
陸上の女子走り幅跳び(切断などT44)は、アジア記録保持者
の中西麻耶選手(31歳=うちのう整形外科)が5メートル42
で4位に終わった。
中西選手は、12年ロンドン大会後、成迫壱コーチと二人三脚で
トレーニングに励み、成長した。昨年の日本選手権では5メートル
51のアジア記録を樹立。しかし、今年 6月、成迫氏の仕事を
理由にコンビを解消。それを機に19歩での跳躍を18歩に変えた。
リズムが合わない時もあり、この日もそうだった。「調子は
良かった けど(コーチがいないため歩数を調整する)決断が
できなかった。4年後に向けて(コーチ含めた)周りの環境を
整えて、6メートルを目指したい」と話している。
今回のパラリンピックでも金メダルが期待されている
男子車いすテニス代表の国枝慎吾選手や女子車いすマラソン代表
の土田和歌子選手・・・・期待の日本人選手が続々と登場してくる。
リオ五輪でも、生理を遅らせるために女子選手が避妊薬「低用量
ピル」を服用することがあると聞いたことがある。一般社会でも
タブー視されがちだが、女性にとっては毎月の付き合い。
一般人でも体調や精神面を左右するファクターなのだから、
1秒を競う世界では、低用量ピルで月経周期を調整するのが
一般的だ。最も体調がいい時期を把握して、目標とする大会に
合わせて生理周期を移動させる方法もとられるが、障害者アス
リートにもこの方法が普及することは間違いないであろう。
生理不順・無月経の問題だけでなく「低用量ピルの服用によって
生じる障害の進行」についても、今後検証すべきであろう。
ロンドン大会で日本が獲得した金メダルは、5個。金メダル
17個を獲得した04年アテネ大会以降、表彰台の頂点に立つ
選手が極端に減少しているが、リオ大会で日本は、「金メダル
10個」を目標に掲げている。2020東京パラリンピックを控えて、
五輪との一体強化の成果を日本国民に報告し更なる選手発掘
並びに強化を実施するためには、「金メダル」は必要不可欠
であるが、五輪選手と同じようにメダル至上主義の選手強化策
でなく、所得保障や介護職員増員等の政策で「選手の生活の安定」
させ、現在、「体育館が傷付く。」「施設がバリアフリー化
されていない。」等の理由で障害児者の利用を拒んでいる現状
を改善すること等、地域を巻き込んだ強化策が今後選手層を
厚くし障害者スポーツ~スポーツに変わるための優先事項だと
マメは考える。
学校法人青丹学園 関西学研医療福祉学院
マメはブロスの一員として、8月25日(木)と9月1日(木)
14時~16時、の作業療法士科(参加者40名)と理学療法士科
1年生(参加者14名)の学生を対象した車椅子ツインバスケット
ボール体験授業に参加し
① 車椅子ツインバケットボールの説明。
(説明URL:http://www.jwtbf.com/whatis/)
② シュート練習。
③ 試合時間15分の試合。
のメニューで授業が行われた。
男子学生の皆さんは、見慣れないバスケットボール用車いすに
興味津々で玩具で遊ぶようにバスケットボール用車いすを
怖々操作していた。
女子学生の皆さんは、普段の生活の中で車いすを利用してない
ためか、バスケットボール用車いすを怖々操作していた姿が
初々しかった。
学生の皆さんには、今回の経験を「授業」だけで終わらせず、
「患者に寄り添うリハビリテーション」に役立てて欲しい。
バスケット用車いすは全額自己負担である。使う選手に
合わせて、オーダーメイドでつくるために高額になっている。
材質などにもよりますが、1台30万~40万円も必要だ。本体は、
オーダーメイドなのである程度納得出来るが、タイヤの大輪は
ほぼ既製品なのに、左右の2本1セットで10万円を超える。
バスケット用車いす
車椅子ツインバスケットボールと車椅子バスケットの大きな違いは
① 一般のバスケットボールのゴールのほかに、フリースロー
サークルの中央にもう1つ低いゴール(高さ1.2m)を設け、
計2つのゴールを用いる。
② 車いすバスケットボールの使用球は男子7号球、女子は6号球を
使用し、車いすツインバスケットボールの使用球は5号ゴム製
(ミニバスケット用)が使われる。
③ 制限区域内におけるヴァイオレイションなど一部ルールの時間
制限に違いがある。
④ 車いすバスケットボールはパラリンピック種目だが、車いす
ツインバスケットは、パラリンピック種目ではない。
車いすツインバスケットコート
スケジュール表を見ながら、リオパラリンピック車いすバスケット
ボール等の日本選手団の活躍を、テレビ・新聞等で見るのが楽しみに
なってきた。
リオ2016パラリンピック競技大会スケジュールhttp://www.jsad.or.jp/paralympic/rio/info/schedule.html
8月28日、マメは台風10号の影響による降雨を心配しながら、
精華町障害者自立支援協議会・ケアステーション精華(介護事業所)
等の皆さんと精華町総合防災訓練に参加するために、8:30ケア
ステーション精華に到着しました。
ケアステーション精華から防災訓練会場である精華町立精北小学校
までの徒歩25分間避難経路の確認をしながら、下狛ふれあいの家
(介護保険利用による小規模多機能型居宅介護施設)と下狛会館出発組
も途中合流し、総勢21名(障害者4名)での避難訓練となった。
曇天で暑くもなく「避難訓練」というよりか「散歩」というほうが
ピッタリの雰囲気であった。9:00 精北小学校に到着後、9:15より
小学校内の冷房の効いた一室で精華役場福祉課長による「要配慮者の
支援についての話」と質疑応答が10:30まで行われた。
「要配慮者の支援についての話」の中で、『妊婦・高齢者・障害者等
災害弱者各自の「個別支援リスト」と「災害要援護者リスト」の福祉
避難所等関係者への情報開示は、災害発生後に開示する。』との福祉
課長の説明に対し、「個人情報の管理は必要だが、災害後の開示では、
被災し心身共に疲労と混乱の中で、「個別支援リスト」と「災害要援護
者リスト」を開示しても、熊本地震・東日本大震災の経験から、福祉
避難所等現場は資材・人員共に対応出来ないのは明らかであるのに、
勉強していない精華町の基本方針に驚いた。
現在精華町では、毎年1回小学校区で「避難所HUG」を実施している。
近い将来避難所HUGを福祉関係団体にも経験してもらい、1つでも
疑問点を福祉関係団体の方達と一緒に改善していきたい。