- 2025.07.17 [PR]
- 2021.02.02 ブログテーマ:新型コロナウィルス感染症ワクチンの接種
- 2021.01.29 ブログテーマ:“生活保護制度の扶養照会”についてボヤく
- 2021.01.27 ブログテーマ:初めて車いすに出会った日
- 2021.01.22 ブログテーマ:大人と子供との 障害児者との接し方の違いをボヤく
- 2021.01.18 ブログテーマ:介助される人と介助する人の気持ちのすれ違い
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読者の皆も知っているとおり
1, 一部のアホな国会議員による緊急事態宣言中に東京・銀座のクラブを訪れた問題
2, 我が国の新型コロナウィルス感染症ワクチン接種について
の報道量が近頃多くなった。
報道を見聞きして、副反応を心配して
躊躇している人達が多いようだ。
しかしマメは「絶対に接種を希望する。」
読売新聞 / ワクチン接種、住民票の所在地で…場所は医療機関・集会所を想定https://www.yomiuri.co.jp/medical/20201210-OYT1T50130/
以上のサイトを読むと厚生労働省は、
「国民のワクチン接種先は原則
住民票所在地の自治体での接種。」とするらしい。
接種がスタートしても副反応だけでなく
1, 接種による民間医療スタッフへの負担増加に対してはどうするのか?
2, 接種出来ない人への差別・偏見・中傷問題
3, 東京五輪・パラリンピックは開催出来るのか?
4, 接種希望のサラリーマンと学生への会場確保はどうするのか?
5, 啓発活動について
6, ワクチンは変異ウィルスに効果があるのか?
7, 副反応によって障害(症状)は悪化しないか?
等の課題が浮上するであろうが、
世界の新型コロナウィルス感染症撲滅への
新たな一歩になることは間違いない。
読者の皆も知っているとおり
新型コロナウィルス感染症によって、
より一層失業者・倒産・自宅待機者と
なった人が多くなっている。
もちろん「毎日の生命を守り生活を営む為に、
経済活動は必要だ。」と主張する人達の
立場も理解出来るか、
「感染症予防の点から考えると、経済活動を
一時的にストップさせることは致しかない。」
ことであるとマメは考えている。
国としての生活困窮世帯への救済制度の一つとして
生活保護制度が存在するのだが、
生活保護申請世帯が保護申請を
福祉事務所に行うと、原則として、
扶養義務者である三親等内の親族に
「あなたの親族のAさん(例)が
生活保護を申請しています。
Aさんに仕送りや同居など何らかの
援助はできませんか」という書面が送付される。
この書面が扶養照会である。
生活保護の「扶養照会」は必要?
「親族に知られたくない」で申請せず、援助につながるケースも稀
https://news.yahoo.co.jp/articles/8cc46009b0be972e5fc56eaad3b30749f595bea5
照会を行う理由は民法877条1項に、
『直系血族及び兄弟姉妹は、
互いの扶養をする義務がある』と
記載されているからだ。
以上に紹介するサイトによると
「照会されることによって、家族に知られるのが嫌」と
申請をためらうケースが起きている。
扶養照会によって実際の援助につながる事例は稀。
だという。
福祉事務所の本音は「扶養照会を行うことによって、
親族に経済的負担を負わす。」ことであろう。
もし照会が届いたらマメは、
「マメの生命・生活OR税金、どっちが大事?」と
市区町村役所に問い合わせてみたい。
マメが初めて車いすに出会ったのは、
確か奈良県立明日香養護学校の
小学部に入学前だった。
それまでマメは、母が押すベビーバギーに
乗せられ、買い物・奈良市障がい児親子通園室・・・
に出掛けていた。
1人でどこでも自由に漕げる車いすとの出会いに
マメは一人はしゃいだでいた。
奈良市障がい児親子通園室
http://www.narashi-shakyo.com/html/sougou01_05.htm
あの日から45年が経った。
車いすと出会うキッカケは病気・怪我・
障害・加齢による身体能力の低下等十人十色であるが、
人生の想い出と感じている人は少なくないであろう。
人生の途中で車いすユーザーとなった人達はまず
1, 視線の高さの違い。
2, まちの中の段差・階段等バリア
3, 出会った人の車いすユーザーとの接し方
に戸惑うだろう。
学校で学ぶ“車いす体験授業”で
居眠りしていた経験のある人でさえ、
「車いすユーザーと健常者は、こんなに違うのか?」と
実感する日々の中で、心に底から初めて
“健康”の有難さを実感することになる。
車いす使用者と出会った 介助者とばかり話していませんか ...
https://yomidr.yomiuri.co.jp/article/20190418-OYTET50012/
血を吐く努力によって“健康”を
取り戻しても、心のバリアフリーだけは忘れないでね。
1月18日マメは
公共の場所での障害者との接し方は?
https://www.kyoeikasai.co.jp/kpa/agent/monosiri2009-02.htm
というサイトを見つけた。
健康な大人達から見るとマメ達障害児者は
まだまだ「可哀想な人。」
「関わりたくない人。」・・・・
というイメージを抱いている人の方が
多いように思える。
その点、福祉体験授業で訪ねた小学校の廊下で
すれ違う小学低学年(1年生と2年生)の
生徒達の態度は素直だ。
2~3人が近くに寄ってきて
「どうして歩けないの?」
「なぜ車いすに乗っているの?」と好奇心
一杯に尋ねて来る。
マメは「おじちゃんは、病気で
小さい頃から歩けないんだよ。」と答えている。
そのような子供達も大人の階段を登るに従って、
障害児者への暗黙の配慮
(意味:障害児者に聞いてはいけないこと。)を
自然に覚え、大人になるにつれて
「解っちゃいるけど・・・。」や
「接し方が解らない。」
「ある障害者に『お手伝いしましょうか?』
声を掛けた経験があるが、その障害者から
冷たい態度で返された。もう声を掛けない・」
と変わってしまう。
一部の人の中には、「障害者の子もいなくても良い。」と
暴言を発する人も現れる。
障害者の子、いない方がまし!?
https://ameblo.jp/mikan-kajyuen/entry
社会が悪いのか?
教育が悪いのか?
政治が悪いのか?
科学技術の進歩の弊害?
新型コロナウィルス感染症終息後、
日本人の心の余裕は今より
一層無くなっているのだろうか?
1月18日マメは
介護される人と介護する人の気持ちは交わりにくいもの ...
https://www.minnanokaigo.com/news/kaigo-text/mental/no34/
というサイトを見つけた。
興味本位でサイトを読み
サイトの記事を書いた井上百合枝氏の
介助される人と介助する人どちらの意見を
代弁した洞察力に感心した。
サイトの中の
介護される人は自分の機能が低下や
変化したことへの不安から、
(より身近な人に)「自分のことを見てほしい」
「自分のことを分かってほしい」という
気持ちが強くなる傾向にあります。
一方、介護する人はより良い介護をするため、
できる限り良い情報を集めようと
人の手を借りようとします。
要約すると、介護される人は一層
「自分(中心)に注目してほしい」と
思うことが多くなり、
介護する人はより広く外に向けた
視点が必要になります。
介護される人は「(介護する人は)
私のことをわかってくれない」
「私の介護を誰かに任せようとしている」
という気持ちになったり、
介護する人は介護される人のことを
「わがまま」と感じてしまいやすいように思います。
しかし、介護される人のなかには
「介護してくれる人に迷惑をかけたくない」
という思いもあり、言いたいことを
言えずにいる場合もあります。
という文面は介助される人達の立場を
鋭く代弁しており、マメは共感を覚えた。
現在介助現場は新型コロナウィルス感染症による
様々な課題も重なり、理想と現実の間で
医療現場同様崩壊の危機にある。
「介助現場が崩壊しない為に、
介助される人の家族・介助される人・
介助する人 の3者がガマンしない環境を
整えるにはどうすれば良いのか?」 が
より一層解らなくなってきたマメである。